8年前のとある日。神戸にあるKIITOというプロジェクトスペースで「自分の運命を変えた3つの偶然」についての話をした。『ハッピーアワー』の前段となる濱口竜介即興演技ワークショップのワークのひとつで、当時から濱口さんが「偶然」に想いを寄せていたことが伺える。どんな3つの偶然を挙げたのか詳細は忘れてしまったけれど、自分が生まれる前の母と父の出会いの偶然など、どれも今の自分を形作っている大切な話だった。なによりやや重たいそんな話をきちんと耳を傾けてもらえる相手がいたことがとても有り難かった。嬉しかった。

「偶然」という言葉は「運命」に結びつきやすい。「えっ、そんなまさか!」という出来事に出くわすと、これはあらかじめ決められた運命なのではないかと思ってしまう。
「想像」という言葉は「別の可能性」を描き出す。「もっと違う形があるんじゃないか」と運命に抗う、いや、運命を別の運命に乗り換えようとする術のような気もする。

そんな2つの言葉が連なる『偶然と想像』は、とにかくひたすらに面白くて可笑しい映画だ。「偶然」と「想像」がエンジンとなってぐいぐいと引っ張られていくが、そのエンジンを駆動させるのは俳優の口から発せられる言葉だ。

「自分の書いたテキストを綺麗な声の方に読んでもらうというのは恍惚なる体験でした」と登場人物の一人が話す。私は以前から、これは濱口さん本人の欲望ではないかと思っていた。自分が書いた言葉を別の誰かが発すること。綺麗な声で発してもらうこと。言葉が全く別の可能性に満ちてくること。その快楽に魅せられて映画を撮っているのではないか、と。

実際、濱口さんの映画は人の言葉を聞く悦びに満ち満ちている。私は上映のために本作の音の調整をしていてあまりの音の綺麗さに泣いてしまった。それが良い音質だったのかはわからない。ただ『偶然と想像』に出てくる人物たちの、その会話を、その声に触れている感触に涙が出てきたのだ。

「言葉は想像力を運ぶ電車です」

これは濱口さんの過去作『親密さ』に出てくる詩の一節。電車だけでなく多くの乗り物が濱口さんの映画には出てきて、大切なモチーフになっている。『偶然と想像』ではタクシー、電車、バス、そしてエスカレーターも。乗って、降りて、その場所がたとえいつもと同じところでも、少しずつ運命は変わってしまっている。『偶然と想像』は言葉を使い、言葉を発し、言葉を聞いて、言葉にならない何かに触れるように、ささやかに決然と別の運命に乗り換えていく。

 


 

[Official introduction]
2020年のカンヌ映画祭では『ドライブ・マイ・カー』が脚本賞など4冠に輝き、2020年のベネチア国際映画祭では、共同脚本を手がけた『スパイの妻』が銀獅子賞(監督賞)、そして本作が第71回ベルリン国際映画祭で銀熊賞(審査員グランプリ)受賞するなど世界が最も注目する監督のひとりとなり、また日本映画の新しい時代をリードする存在となった濱口竜介。待望の新作は、「偶然」をテーマに3つの物語が織りなされる初の、そして自身が「このスタイルをライフワークとしたい」と語る「短編集」となった。

[Story]
親友同士の他愛のない恋バナ、大学教授に教えを乞う生徒、20年ぶりに再会した女友達…。軽快な物語の始まり、日常対話から一転、鳥肌が立つような緊張感とともに引き出される人間の本性、切り取られる人生の一瞬…小さな撮影体制でリハーサル・撮影時間を充分に確保し、俳優たちの繊細な表現を丁寧に映した。まるで劇中に流れるシューマンのピアノ曲集『子供の憧憬』のように軽やかかつ精緻で、遊び心に溢れた俳優の演技は必見だ。
日本映画の新時代を感じさせる映画体験が、観るものの心を捉えるだろう。

 

監督・脚本:濱口竜介
出演:
(第一話)古川琴音 中島歩 玄理
(第二話)渋川清彦 森郁月 甲斐翔真
(第三話)占部房子 河井青葉
撮影:飯岡幸子
プロデューサー:高田聡
製作:NEOPA fictive
配給:Incline
配給協力:コピアポア・フィルム

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【上映期間】

2021年12月17日(金)ー12月26日(日) ※火水休み

【料金】

一般・シニア 1,800円
25歳以下  1,300円
18歳以下  1,000円

【上映時間】

121分(2時間01分)
各回30分前に開場します

【公式サイト】

https://guzen-sozo.incline.life/