1986年に発表された『恐怖分子』は、エドワード・ヤン長編第3作にして、台湾ニューシネマの到達点のひとつである。台北という大都市を舞台に、偶然に交錯する複数の人物たちの運命を、鋭利な構成と冷徹な視線で描き出した本作は、現代都市に生きる人間の孤独と不安を、サスペンスの形式を借りて極限まで研ぎ澄ませた傑作として高く評価されてきた。
『恐怖分子』の恐ろしさは、暴力そのものよりも、誰かの何気ない行為が、別の誰かの人生を思いがけず傷つけてしまう都市の構造にある。現実と虚構、観察する者とされる者、書くことと生きることの境界はゆらぎ、観客は次第に、この都市全体が見えない緊張の網の目でできていることに気づかされる。つながりながら孤立する現代社会を生きる私たちにとって、本作はますます切実な同時代映画として迫ってくる。都会に暮らす人々の不条理や孤独を浮き彫りにした群像劇の傑作である。
〈STORY〉
80年代半ばの台北。街で起きた銃撃事件を偶然撮影した若い写真家は、その現場から逃げ出した少女の姿をカメラに収める。一方、医師の夫と暮らす女性作家は、新作の執筆に行き詰まり、夫とのあいだにも微かな亀裂を抱えていた。通信機材を取り扱う会社を経営する元恋人、事件を追う刑事、街を漂う若者たち——。無関係に見える人々の人生は、あるいたずら電話をきっかけに、思いもよらないかたちで少しずつ結びついていく。誰かの孤独、誰かの嘘、誰かの欲望。ささいな選択や偶然のすれ違いは、やがてそれぞれの関係に見えないひずみを生み、日常の奥に潜んでいた不穏を浮かび上がらせていく。交わるはずのなかった人々の運命は、静かに、しかし確実に絡み合い、やがて取り返しのつかない地点へと向かっていく。
エドワード・ヤン プロフィール
1947年11月6日に上海で生まれ、1949年2月に家族と共に台北に移住。1953年から小学校に通いはじめた。1959年に、建国中学校の夜間クラスに入学し、翌1960年に念願の日中クラスへの編入に合格。夜間クラス通いの同級生茅武が別れた彼女を殺害したことで、当時の一大ニュースとなった。茅武と共通する友人を多く持つエドワード・ヤン少年にとっては、ショッキングな事件であった。自分も茅武になる可能性があったと述懐している。この実体験は、のちに傑作『牯嶺街少年殺人事件』で鮮明に描かれた。
1962年に建国中学校を卒業し、建国高校の3年間を経て、1965年に国立交通大学の制御工学専攻に入学。1969年に学士号を取得した後、アメリカのフロリダ大学に進学。1974年に電子工学の修士号を取得した。さらに映画を学ぶべくUSC(南カリフォルニア大学)に通うが、当時のハリウッドに範を置いた教育方針に反発し、ほどなくして退学する。以後はシアトルにあるワシントン大学で、コンピュータ関係の仕事に約7年間従事した。さらに、ハーバード大学の建築コースなどのオファーを受けたものの、映画の夢を捨てきれず辞退。1981年に、友人の誘いで台湾に戻り、ふたたび映画を志す。1969年から1981年まで、エドワード・ヤンは約13年間アメリカの各地で暮らしていた。この経験も、1983年の長編映画デビュー作『海辺の一日』で、女性ピアニストの譚蔚青によって代弁される。
『海辺の一日』以前にも、エドワード・ヤンは映画制作にすでに携わっていた。1980年に、映画『1905年的冬天』の脚本を執筆した。それから女優のシルヴィア・チャン(張艾嘉)と知り合い、その誘いを受け、テレビ映画『十一個女人』(1981年)の一話『浮萍』(浮草)を監督することになった。1982年に、三人の新人監督とともに、台湾ニューシネマの嚆矢となるオムニバス作品『光陰的故事』で、映画監督デビューを果たした。
そのほかに、台湾芸術学院(現在は国立台北芸術大学)の演劇コースで若手俳優の育成に力を入れた。その学生の多くは、『牯嶺街少年殺人事件』のスタッフや俳優として活躍していた。また、演劇にも興味を示した。1992年に舞台劇『如果』、1993年に舞台劇『成長季節』をそれぞれ監督し、同じく台湾芸術学院の学生に主演を務めさせた。二つの舞台劇が『エドワード・ヤンの恋愛時代』の先駆けとなった。1997年に舞台劇『九哥与老七』を監督。2000年に『ヤンヤン 夏の想い出』を発表し、カンヌ国際映画祭の監督賞を受賞した。同じ年に大腸癌が検出され、9月には男の子を授かった。その後、アニメーション制作に乗り出し、ジャッキー・チェンをモデルにするアニメーション『追風』の企画を立てたが、完成に至らなかった。癌と闘病しながら、アニメーション『小朋友』の絵コンテの執筆など、創作活動を最後まで続けた。2007年6月29日に、惜しまれつつも癌で亡くなった。59歳だった。
恐怖分子 デジタルリマスター
1986年|香港・台湾|カラー|109 分
監督・共同脚本:エドワード・ヤン/共同脚本:シャオ・イエー/編集:リャオ・チンソン/録音 ドゥ・ドゥーチー/主題曲演唱:ツァイ・チン/出演:コラ・ミャオ、リー・リーチュン、チン・シーチェ、クー・パオミン
提供:JAIHO 配給:TWIN 配給宣伝:グッチーズ・フリースクール
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